瞬きと共振

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「身の悪を我口から白人となる浮気娘」現代語訳

 

 身分が低い家の娘も容姿が評価され、姉が嫁いでいた家の後家になり、年寄りの男を夫に持つこともある。商売の都合のために下働きの男を跡継ぎに引き上げて、娘と結婚させる家もある。持参金を目当てに田舎から農業をしていて日に黒く焼けている養子をもらう家もある。気の長い親たちは子どもたちが幼い頃からいいなづけの約束をして、年月が経って娘は思いのほか美しく育ち、男は禿頭ですこし愚かなやつに育って、結婚することもあるが先のことはわからないことだ。

 こうした娘たちからすると今っぽいかっこいい男を見ると「あんな男と結婚したい」と思うのも無理はない。その上、姑は恐ろしく、離縁されないように、朝早く起きて髪を結っているところを見られないように、暗がりで行水をして夫に疑われないように、あらゆることに遠慮しながら生活している。侍女もいるのに自分も家のことをする。茶釜に余分な薪をくべないようにしたり、着物の中入れ綿を引き延ばしたりする。朝夕の食事の時もあたふたと箸を取ることはなく、肉や魚も食べない。針仕事の合間にかすかな灯火を頼りに伊勢物語や薄雪物語を中くらいの声で読んで、夫がうたた寝をしたら布団をかぶせて夏の夜は自分は寝もせずに団扇でずっとあおいだ。鼻の低い夫を大事にして人の目につかないように白髪を抜いて、家を出てきたら帰ってくるまで床で待って、片時も存在を忘れることはなかった。夫の世間知らずに呆れそうになったら「世界の男は総じてこんな野暮で不器量なもの」と思って、外を見ない能天気さにも、一途に「こんな人は日本にはいない」とはじめはありがたく思って、朝鮮人参のように大事にした。

 だが女は総じて移り気なもの。次第に心持ちもしゃれてきて、男女の恋の話にうつつをぬかし、濡狂言(男女の情事を主題にした芝居)を本当のものと思って、いつも心を乱している。芝居の帰りには、二軒茶屋のすだれから、蓮華光院の藤見物から帰る美しい歌舞伎役者たちの顔を見て、浮かれて帰った。

 家に戻るとこれまで大事にしていた夫のことが鬱陶しくなった。入れ込んでいる役者の定紋がついた扇や手拭いを持ち、重ね掃きする下着に自分の家の紋と役者の紋をこっそり重ねた。侍女相手に役者の噂話ばかりしている。夫のことを嫌いになったから離縁されるために愛想を尽かされる計画を立てた。これまでの倹約家でつつましい妻の振る舞いは全部やめた。竃の薪を必要以上に燃やすことも、必要のないところに灯りをともすことも気にしない。麻上下(夫の仕事用の服)はしわが寄ったままたんすに押し込み、節句の日の朝は寝たままで、髪も結わなかった。「めまいがして立ちくらみがある」と言って、昼も平然と寝ている。夫と体を重ねる日も機嫌が悪くぶすくれた顔をして、「食欲がない」とおかずに好き嫌いを言い、自分用に作り直させた。襖障子をちぎってこよりにして、色付の柱(国産の木に色をつけて唐木に見せたもの)にお歯黒にするための液を吹きかけた。床の間の漆塗りの縁に当てて楊枝を削り、書院(縁側に張り出した、文机を作りつけにした設え)の軒端は洗濯物を干す竿の支えとした。接木をした後に初めて咲いた花を容赦無くへし折り、芝居のうわさに気を取られているうちに漬物桶に塩を入れるタイミングを忘れ、瓜や茄子を腐らせた。歌舞伎の上演劇が替わるときに配布される、番付売(タイトルや配役をまとめたもの)を下男や小僧を走らせて買い求め、家の門口に立って歌祭文(俗曲の一種)を謡いながら米や銭を乞う者には求められるままに渡した。何もないのに「この座敷、不気味な音がする。夜中に私のところに狐が来たの。憑かれるといけないからあなたとは一緒に寝ない」と言って、夫と共に寝るのも拒否した。とにかく嫌われるためにいろんなことをした。

 夫と言い争いになった。「お気に召さない妻を一日中見ているあなたも悪い。一体どこが好きで私みたいな人間を妻にして、ぐずぐずと気の合わないことを眺めているのかしら」と、妻はいう。それから二つ三つ会話の応酬があった後、使用人の耳にも届くぐらいの声で泣き出した。髪の先を少しだけ切って辻駕籠に乗り、さっさと実家に帰った。

「これまでずいぶん我慢していたけど、これ以上は生きていられるかもわかりません。これが最後かもしれないとちょっと顔を見せに帰ってきました」と言って泣き出した。娘の両親は心配して

「一体どうしたの。娘はあなた一人。どこにいても元気でさえいてくれたらそれで満足よ。思っていることをなんでも話して」と聞いた。

「包み隠さずお話しします。夫は毎晩大酒を飲んで酔っ払って帰ってきては、気晴らしに刃物を抜いて私の胸元に当てるのです。その時は、もうお父様たちには二度とお目にかかれないんじゃないかと魂も消えそうで生きた心地がしません。これが毎晩三回は繰り返される。毎晩のことだから、そういう癖がある人なのだと随分我慢していたけれど、今回は私を裸にして荒縄で縛って床柱にくくりつけました。私を罪人に見立てて責める真似だといって、玄関に用心のためにかけていた槍の鞘を抜いて、肋骨の下あたりをひんやりとなぞった。本気ではないと分かっていても心臓に悪い。これほどの恐ろしさ、話で伝えられるものではないでしょう。私はお嫁に行ったはずなのに、これでは罪人が費用をかけて嫁入り道具を持って家に入ったようなもの。女が結婚後に里に帰ってくるなんて世間様に恥ずかしいと、これまでは我慢していたけれど、酒を飲んだ夫の手元が狂ったらどこを刺されて死んでもおかしくない。だから、今生の別れの挨拶に参りました」ととんでもない作り話をでっちあげた。

 娘がしくしく泣いて話すと父親は歯ぎしりをして、大いに腹を立てた。

「大事な娘を罪人のように責めてもらおうと思って、お金をかけて嫁にやったわけではない。嫁入りのお金を集めるのにどれほど苦労したか。こちらがあちらをどれだけ立ててきたことか。自分の家で娘を養っていけないような貧しい家だとしてもこんなことを許すはずがない。町奉行に訴えて、うちに取り戻して今の男より十倍良い家に嫁がせる。お前は気にするな」と興奮して怒りのままに重手代(部下)を呼びつけて、夫の家に離婚の話をさせに行こうとするのを娘が止める。

「お父様の耳に入ったらこうやってお怒りになるだろうから、それが悲しくて今まで黙っていたんです。夫は酒に酔うと理性がなくなり、些細なことにも腹を立てます。親であろうが刀を抜いて打ち付けて、暴力を振るうような男です。とにかく今回のことは話さないで、娘は病気でしばらく養生させたいから全快するまで暇をやってください、と言って円満に離婚するのが良いでしょう。後々まで恨まれるようなことになったら、私がどこかの家に再婚に行くときの災いになりかねません。お母様、ここは分別をめぐらせるところですよ。お父様をなだめて波風が立たないように、さらっと解決してしまうのが跡取りであるお兄様のためでもあるのではないでしょうか」と言うと、両親はうなずいて

「おお。お前は若いが、その考えはもっともだ。お前はまた再婚する身だから、婿が自分のひどい行いは言わずに、お前を逆恨みして、先々にどんな危害を加えてくるか分からない。ここはうまく向こうの機嫌をとって、暇を取るのがかしこいやり方だ」と、平凡な人間である両親は何も悪くない婿を怨み、娘を実家に戻すための様々な手続きを部下に命じた。離婚が叶うと「この家の跡取りである息子が近いうちに嫁を取るから、それより前に娘を良い家に嫁がせたい」といろんなところに相談に出かけた。

 元々、娘は役者が好きで夫のことを嫌がるようになったのだから、再婚する気などさらさらない。

「その家は日蓮宗。ここは姑が気難しい。そこは商売が気に入らない。この男は頭が悪いらしいわ。また結婚に失敗して家に戻ったら私は世間の笑い者になってこれまでのように暮らしていけないはず。今までの結婚よりもっと慎重になるべきではありませんか。お父様とお母様がなんだか急いで話をつけようとするのが納得いきません」と文句をつけ、仮病をよそおった。侍女と示し合わせて、食事の時には「なんだか気分が悪くて、食べ物を見るのも嫌です」と箸も取らず、二階に上がって横になったところで、侍女が持ってきたおにぎりを食べた。そうやって、こっそり食事を取っていたので、十日以上表向きは何も食べずにいても平気だった。普段から、頭が痛いと頭痛を治すための鉢巻をして具合が悪そうな顔を装った。両親はとても心配して鍼医を呼んだ。娘は痛くもない腹を見せる。「結婚生活で気遣いばかりして、夫に暴力紛いのことまでされて気力が尽きたんでしょう」と医者は勝手に納得した。

 両親は、まず再婚話をやめて、東山が見える景色の良い先斗町の座敷を借りて娘を養生させた。「気が向いたら毎日どこへでも遊びに出かけたらいい」と言って、長年家に仕えている部下を付けて、思う存分養生させようとした。親を騙すような一連の話は、悪人の女大将と言える。

 娘は、例の侍女を連れて毎日芝居に行った。思いを寄せる役者に恋文を書いて茶屋に仲介を頼んだが、役者にとって恋愛事は業界のご法度で、お互いに慎むことがしきたりなので手紙を手に取ることはなかった。だが、茶屋が返事を偽装して、高価な服をねだる、金銭の援助を求めるようなことを書いて、娘に貢がせるようになった。娘は

「役者に恋するのは随分お金がいるものね」

と思いながらも、今さら片思いの恋はやめられるものではない。いくら養生のためと言っても、使い道を言えない大きな金額のお金を親元から取ってくるわけにはいかない。家に出入りしていた絹屋に近づき、親が譲ってもいない衣棚通にある家を抵当に入れる事を考えた。

「今度、嫁に行くことになったら再婚だから、両親はこの家を私のものにして近日再婚にこぎ着かせるつもりなのだけれど。家が付いてくるという欲で私と結婚しようとする男はどうにも真心がないと思うのです。私はそのようなところにお嫁に行きたくはありません。だから、あの衣棚通の家を質に入れて、お金を百両ばかり用意して、私が素敵に思うような今っぽい服を買って、毎日違う服で出かけて、あの娘なら何が付いてこなくても結婚したいと言うような男性のところに嫁入りするつもりです。こうして養生しているうちに、好みの服を注文して、あなたと相談してこしらえたいから、家を抵当に入れて百両借りてくれませんか」と頼んだ。「これはかなりの利益が見込める」と呉服屋の手代は引き受けて、主人の金を百両持ってきて、娘に衣棚の家を抵当に入れる、といった旨の証文を書かせて、お金を渡して帰った。娘はお金を計算なしに浪費して使い果たした。そのうち、普段着さえなくなっているのを親が気をつけて見ていると、娘の品行の悪さに気づいた。さまざまな悪行がある中でも、親が譲ってもいない家を抵当に入れてお金を作ったことには、

「世の中には、親が死んだらその遺産で借金額の二倍を返すといって、借金をするロクでもない息子がいると言う話は聞いていたが、娘がこんなことをするなんて聞いたことがない」と親族一同、娘を見限って着物を脱がせて一重紙子に着替えさせ、勘当帳に記入して町奉行所に届けて、家から追い出した。

 こんなことになっても娘は恋をやめない。それから素人の遊女になって、役者と座敷を共にすることを喜んだ。

「好きな男と一緒に寝れるなら前からこの身分でいたのに」とやりたい放題に生きていった。

 

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江島其磧『世間娘気質』 巻四の三「身の悪を我口から白人となる浮気娘」

*Zine『瞬きと共振』では、「駆け抜けてゆく」というタイトルで翻案しました。

このページの現代語訳は立野が行いました。